2015年2月17日火曜日

小屋の窓の外は・・・

冷え込む朝は、畑用の古い軽四のバッテリーがあがることが多くなりました。
ケーブルを繋いで、エンジンをかけて古い軽四のエンジンをかけます。
白峰では、-7℃と冷え込んだ朝。源八山荘のカメムシの味を覚えたシジュウカラが、泰然と雪の枝にとまっている画像が届きました。コロコロと丸くなりネクタイを締めて源八山荘へ狩りに出かける前の作戦を練っているのかもしれません。
源八山の主のシジュウカラ
白山市出身の作家・劇作家の本谷有希子氏の書評記事のコピーが送られてきました。

 年相応に成熟していくことが、今の日本人にウケていないのは確かなことのように思える。
 「なぜ若者の選挙離れが進むのか」と不思議がる人達は、きっと簡単なことを忘れているのだ。
 「気になるのは自分のことだけ」だった子供時代が、どんどん引き伸ばされている。
 私自身、自分への関心が薄れるまでに長く時間がかかった。
 自分という対象に見飽きた頃、ようやく自分の〈外側〉へ、本当の意味で意識が向いたのだ。
 それは、まるで生まれた時から閉じこもっていた小屋に、窓があると初めて気づいたような感じだった。
冷え込んだ朝、シワやえくぼが出来た雪面
『続・百年の愚行』と云う書籍を、小屋の窓の外に「戦争」が佇んでいることを教えてくれる。とありました。
今この時も、世界中で様々な戦闘があり、悲しむ人々がいます。
湾岸戦争の様子をテレビで見たとき、まるで映画の1シーンを見ているような不思議な気持ちになりました。9.11のアメリカ同時多発テロの映像もそうでした。ゴジラが高層ビルを壊すような、まるで実感のない作り物のように見えたのは何故だったのか。

気になるのは、小屋の中の世界だけとなっている自分がいます。
それでも、窓の外を見続けなくてはいけないのでしょう。
現実を知ること、自分の場所でできること、そして考えることが大切なのだと思います。


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