通りかかる度に、気になっていた山伏山に行って来ました。
山頂には、須須神社の奥宮があります。
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この石の階段を上がって行きます。 |
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山伏山の社叢林は、石川県指定文化財。 社叢林の植物などの説明板が、石段手前にありました。 |
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石段を登り切り鳥居をくぐると、草刈等、きちんと手入れされた道が続きます。 |
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アケビか藤か?何かに巻き付かれたのか、こんな形になってしまった・・・ |
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須須神社の奥宮 |
地震で被害のあった所を直す準備の為、腐葉土を作っているのだそうです。
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社殿の裏の少し高くなった所が山伏山の頂上のようです。 |
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山伏山 184m と書かれた小さな看板がありました。 |
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頂上のすぐ下の大きな木は、根こそぎで倒れていました。 |
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社殿の前の狛犬の台も崩れています。 |
これらの修理に伴う資金は、狼煙の集落で負担するとの事でしたが、外部からの寄付も届いているとの話でした。
須須神社の奥宮とは云え、寺家にある須須神社とは、祭神も異なり、明治の初め頃まで神主さんも異なるようでした。この奥宮は、狼煙集落の産土神のようです。因みに祭神は、美穂須須見命で、出雲の美保神社の祭神です。(美穂津姫命)
出雲風土記(733年)の国造り神話に、「高志(こし)の都都(つつ)の三埼を余ありやと 見れば、国来国来と引き寄せて三穂の埼ができた」とあり、能登の「スス」の岬を出雲で「ツツ」と発音したのであろうと考えられています。 《珠洲市hpより》
神話の時代の珠洲と出雲との繋がりは、産土神が同じという事からも、地元で語り継がれてきた話なのでしょう。
作業の手を止めて、氏子の方がいろいろと話して下さいました。
奥宮と出雲の縁の話を聞きながら、昔、訪れた出雲の美保神社を思い出し、境内を後にしました。
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コンクリートの鳥居の上には、赤く色付いた紅葉の大木が見えます。 |
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手入れされた林の中は、真っすぐに伸びた大きな木ばかりです。 |
作業の方々の軽トラが、どこから?と不思議でしたが、この道を登って来られたのでしょう。
奥宮までの道も、下りに歩いた道も、きちんと手入れされた跡が見える気持ちの良い林でした。
狼煙の道の駅の傍には、奥宮までお参りに行けない人の為の奥宮遥拝所がありました。
奥宮の分も遥拝所にお賽銭を入れて、お参りし、とても清々しい思いで帰路につきました。
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