2026年2月1日日曜日

今年の飾り寿司

 今年も去年に引き続き、1月に松波公民館の「飾り寿司教室」に友達と参加しました。

レタスやブロッコリーも入れての巻き寿司も作ります。
薄焼き卵を作って・・・
酢飯を作ります。
薄焼き卵で巻いた寿司を白い酢飯と海苔で巻きます。
薄焼き卵寿司の横に塩茹でしたインゲンをおいて・・・
海苔で巻くと、大きな巻き寿司が出来ます。

教室で作った寿司(半分に切ったもの)
3種類の巻き寿司を作り、それぞれを1本ずつ頂いて帰りました。
左は、棒チーズを真ん中に、回りをゆかり入りの細い酢飯で5本花びらにして
間にブロッコリーを入れて白い酢飯、海苔で巻いた巻き寿司
右は、厚焼き玉子とキュウリ、ブロッコリーの茎、もみじこを入れて巻いた巻き寿司
出来た寿司を切ると、こんな感じに・・・
巻き方が緩いのか、わちゃわちゃになりました。残念・・・😿
具沢山で、巻き方がゆるかったのか、自宅で切ると歪になってしまいました。
去年と違う今年の巻き寿司
ちょっと歪になってしまいましたが、甥と美味しくいただきました。
これを・・・なんとか自宅で作れたら良いのですけれど・・・今度は、きちんと巻いて
切り口が丸くなるように、作れますように・・・













2026年1月29日木曜日

冬の鳥

 寒空の中、アオサギとウミネコが波返しの上で対峙・・・?
 海洋深層水を買って帰ってくると、ゴミステーション横の波返しの上に、アオサギとウミネコがいました。
車を止めて、何だろうかとしばし観察・・・
波返しの上のアオサギとウミネコ
「何か用?」  「いや別に・・・」
と言ったかどうか、アオサギは、視線をずらして・・・
「そう」とばかり、ウミネコはあっちを向きました。
可哀そうなアオサギ・・・大きさではない力関係を感じてしまいました。
我家の鳥たち
フクロウとシマエナガ(間には、ヤマネとヒミズが隠れてます) 
ワフワのシマエナガは、エナガの亜種だそうです。
エナガというほど、尾羽の長くないフワフワのエナガたちは、北海道に分布すると、図鑑に記されていました。
この子たちは、北海道から甥が連れて来たのでした。
とても可愛くて、一羽は車に吊るしています。
アオサギとウミネコとふわふわエナガに癒された午後でした。

2025年10月16日木曜日

仮設住宅の傍で

昨年の地震以降、能登町でも仮設住宅で暮らす方々がおられます。
親戚を訪れた折、仮設住宅の入り口のフェンスできれいな朝顔を見つけました。
朝顔は、仮設住宅が建てられている元小学校のグラウンドのフェンスに
絡まって咲いていました。
この朝顔の葉は、昔よく見た朝顔の葉は少し違っています。
それにしても、艶やかな紫に入った白い模様がきれいです。
きれいな朝顔から道を挟んで、こちら側の畑の手前には、濃いピンクの花が咲いていました。調べてみると百日紅と出ました。百日紅は、見上げて花を見ていましたから、花をまじかに見る機会も、そんなにありませんでした。
写した花は、もう終わり頃のようです。

たくさんの花に見える花びらは、皺が多くてと記されています。
猿も滑ってしまうような木の肌だから百日紅と言われたと、聞いた事がありますが、
本当の所は、どうなのでしょう。
木の肌は、つるつるしててリョウブなどと同じような感じです。
図鑑には、幹はなめらかで、淡褐色の薄い樹皮がはげ落ちたあとが白い とあります。
なるほど、あの模様は、樹皮がはげ落ちた跡だったようです。
木なのに草本のミソハギ科。
江戸時代以前に渡来したそうで、原産国は中国南部とあります。
きれいな色に魅せられてスマホで写したお陰で、百日紅の故郷まで知る事が出来ました。

10月半ばの朝顔と百日紅、いろいろと知った帰り道でした。

2025年10月7日火曜日

秋がそこに・・・

季節の画像が届きました。
森さんから頂いたと云うダリア
尖った花びらがたくさん重なってるからか、尚更、豪華に見えます。
後ろの百日草たちを従えて・・・と云った風情です。
昔、我家の庭にあったダリアは、丸い花びらで小さい花でした。
こんなに、華やかなダリアを見たのは初めてです。
ツリバナも実が弾けて、種が見えます。
可愛い帽子を被ったキノコ
軸の下の方が、太くなっています。
見てるには可愛いけれど、食べられそうではないような・・・。
アケビ
もう少し熟さないと食べられないかも・・・。
子供の頃、周りにもアケビはありましたが、自分で採った事はありませんでした。
たくさんある種が苦手で、好んで食べませんでしたが、大人になって、
皮も食べられると知り、皮を調理して食べたら、ほろ苦く美味でした。
イヌセンボンタケ?
食用か否かを考えてしまうところが、食欲の秋?
食べられないキノコでも、キノコ=秋を感じます。
少しずつ寒くなり、木々の葉も色づく季節が、もうそこまで来ています。

2025年9月20日土曜日

アサギマダラ

白山麓からアサギマダラの画像が届きました。
フジバカマの花にとまっています。
染色家の吉岡幸雄氏の『日本の色辞典』には、浅黄色について
『文字を考えると葱の嫩葉(わかば)の色になり、緑味をおびた色のようであるが、実際には「水色」よりやや濃い色、蓼藍で染めた薄い藍色をいう。』とあります。
藍の生葉染め 左側は、薄い藍色、右側は薄い浅黄色?
水に入っているので濃い色にみえますが、乾くと薄くなります。
不思議な事に、同じように染めてても、年によって微妙に色が違いました。
白山麓在住の折、施設の傍で蓼藍(椿葉)を植えてもらい、生葉染めをしました。
素人がいろいろ試行錯誤して、参加者も募って楽しんだ頃を懐かしく思い出します。
あの生葉染めの薄い浅黄色と薄い藍色の中間色が、アサギマダラの翅の色でしょうか。
立ち寄った白山麓で蜜をたくさん吸ってお腹いっぱい!?
白山麓で一休みして、南に向かうのでしょうか。
或いは、一気にではなく、又、どこかで休んで向かうのかもしれません。
図鑑がなくて、ネットなどで調べると、体は、頭・胸・腹に分かれているとのこと。
「胸に2対の翅と3対の脚がある」とありますから、水玉の模様のあるのは胸なのかな?

羽根を開いた姿を上から見る事が多いアサギマダラ、横から見ると・・・
白い水玉模様の胴体が見えて、一瞬、胴体と思ってたのは、どうやら胸のようです。
胸も胴体も同じかな・・・?
翅でアサギマダラを確認していましたが、思わぬところに、結構派手な模様がありました。
いつも見てる開いて止まった姿は、一部分でしかなかっのでした。

台所から見える外には、ほんの少しフジバカマが咲いています。
彼らを引き付けるには、残念ながら少なすぎて、姿を見せてくれた事はありません。
以前、狼煙の海岸で見かけたアサギマダラたちは、寄り道しないで、白山麓や宝達山に一気に飛んで行ったのでしょう。
アサギマダラの浅黄色から、遠い昔の生葉染めも懐かしく思い出しました。

2025年8月25日月曜日

弦楽合奏団 ”NOTO” コンサート

夏の一日、被災地応援「奥能登巡回コンサート」に出かけて来ました。
会場は、松波公民館の大きなホールです。
バイオリン・ビオラ・チェロの生の音色を楽しんで来ました。
メンバーの方から、開催の挨拶です。
最初の曲は、皆さんご存知の・・・と紹介された
バッハの「G線上のアリア」
バッハの「G線上のアリア」から始まり、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」等、耳にした事のある音楽が続きます。
さらに、美空ひばりの「川の流れのように」、能登を舞台にした「まれ」の主題歌「まれぞら」、「花は咲く」へと続きました。
案内・司会進行は、共催の三波公民館の主事さんです。
バイオリンの音もビオラの音もチェロの音も心に響きます。
生音は、何年振りでしょうか・・・
最後の方では、共催の三波公民館の地元の方々が演奏に加わりました。
最後は、良く聞く機会のあるヨハン・シュトラウス1世の「ラデツキー行進曲」で演奏会が幕を閉じました。
弦楽合奏団「NOTO」の「NOTO」は、イタリア語で「南風」だそうです。
世田谷区でクラシック音楽の演奏を楽しんでおられるアマチュアオーケストラのメンバーだとの事でしたが、随分と久しぶりの生演奏を聴く機会を戴けて、とても嬉しい時間でした。
南風を感じるような暖かな演奏に、感謝!感謝!の午後でした。

2025年8月20日水曜日

最後の焼き畑

お盆も終った8月の中旬過ぎ、白山麓での最後の焼き畑を見学に出かけました。
8時からの火入れに間に合うように、4時過ぎに自宅を出発。
通勤などの車に遭遇する時間でもなかったので、スムーズに白山麓に到着しました。
約束してた白峰の知り合いが、なかなか来ないので、心配しましたが、8時過ぎに到着。
「一番近い人が一番遅かったね」・・・もう火入れが始まっていました。
真っ青な青空の下、最後の焼き畑が始まりました。
下の焼き畑地の方から、白い煙が上がって来ました。
焼き畑作業が始まったようです。知り合いを急かして、現場見学です。
最初は、狼煙のように白い煙が上がってましたが、準備した焼しろを焼いていくと余り煙はあがりません。主催者曰く、木が湿ってると白い煙となり、十分に乾いていると煙は白くあがらないとの事でした。煙で焼いている材の湿り気を判断できるとは・・・
燃えた木々をイブリ(鍬のような形状で柄の長いもの)で、下に降していきます。
下の木々に火をつけると共に、燃え尽きた灰をその地面に置いていきます。
離れて見ていても暑いのですから、作業する人達はどれ位暑いでしょう
最後の焼しろに火がついて、燃え尽きるのを待ちます。
下段まで焼き尽くして、熱い土が冷めるのを待ちます。
次の作業は、畑地を鍬で起こすのですが、冷めてからとなるので時間もあります。
お昼には、少し早かったのですが、知り合いと久しぶりの白峰へお昼を食べに行きました。
国指定重要文化財の山岸家住宅
昔に比べると、随分ときれいになったような・・・
私が居た頃からは、9年も経ちましたから、痛んだ処の修復もあったのでしょうか。
今日は、懐かしい南番のご飯処で、おろしうどんを食べました。
知り合いは、何度も、もう次が始まってるのじゃないかと心配してましたが、兎に角、食べてからです。暑い日に、冷えたおろしうどんは美味でした。おろした大根がもう少し辛味があればもっと美味しかったかも・・・知り合いは熱いのを希望されてたようで、私の早とちりで冷たいものを注文。余り食が進まなかったようでした。ごめんなさい・・・
食べ終えて急ぎ、焼き畑作業中の場に戻りました。
焼いた畑も冷えたようで、数人で畑を打っておられました。
鍬は、幅の狭い鍬です。あれは、焼き畑用?と知り合いに訊かれましたが、
昔、下田原でしてた焼き畑の折もそうだったか? 記憶がなくて・・・
が、幅が狭ければ、ちょんちょんと畑を打てて、力が余りいらないかも・・・
又、木などの根っ子が残っていても取りやすいのかも とは素人考えの2人の話です。
こちらは、下から打って上がります。
裸地にする前は、竹原だったか笹原だったか・・・根っ子がたくさん
残ってるようです。根っ子を取り除きながら、打ち上がっていきます。
畑を打ち終わってから、種を蒔いていきます。
今回は、ナナギのようですから、大根の種を蒔かれてると思われます。
種が重ならないようにだと思うのですが、独特な巻き方を見ながら、昔の下田原での焼き畑を思い出しました。下田原の焼き畑地は、もっと傾斜があって広かったのですが、そこで同じような巻き方で、春のヒエナギの折は稗や粟、夏のナナギは大根の種を蒔いていました。
穏やかで優しかった知人を思い出します。
ダム湖上方の空には、不思議な形の雲
作業が終わったようなので、上の道にあがりダム湖の方を眺めたら、不思議な形の雲が出ていました。
下田原での焼き畑が、焼畑農耕との出会いでした。
何も知らない他所から来た者が見学に行って、優しくしてもらいました。
親分肌の親方が厳しく言っても、子方の弟さんがとても優しくしてくれました。
そして大きな橘先生、お祭りのように、たくさんの人達で賑やかな時間でした。

そこに集う人達の話は、どれもこれも、とても興味深く面白い話でした。
厳しい自然の中での日々を、豊かに暮した山の人々の知恵を、たくさん知る事の出来た時間でした。
今回の焼き畑の作業を見ながら、優しかった弟さん、親分肌のお兄さんのいたヒエナギ、ナナギの頃を思い出しました。焼き畑の時は、お祭りだったのかもしれません。
随分と昔の事になりました。
日々の暮らしから得た知恵と工夫で、山で豊かに暮らしてた時代がありました。

今回で最後の焼き畑。
残念ではありますが、お陰様で楽しかった良き時代を思い出しながら帰路につきました。