2015年1月13日火曜日

珠洲あんこう祭り

帰省中の友人と待ち合わせた道の駅すずなり。
ここは、能登線が廃止される以前、珠洲駅のあった場所です。懐かしい駅舎はなくなり、今は名残のホームが保存されています。
広場では能登ふるさと博の一つ、あんこう祭りが行われていました。
たくさんのテントが並び、能登の食を楽しむ人々で溢れています。私達も、お祭りを楽しむ事にしました。焼き牡蠣、牡蠣フライに地鶏の唐揚げや混ぜご飯、搗きたて餅のお雑煮にサービスのあんこう汁等々・・・祭りムードで食堪能。途中、旧ホームであんこうの吊るし切りが行われたくさんの人だかりでした。
後ろで覗き込んでいるのは、先の衆院選で惜しくも落選の近藤さん。
その後、友人の希望で珠洲焼の窯元見学に出かけました。
高校の校内マラソン大会で走った道を車で向かいました。このあたりは、若山荘と云われた日本でも有数の荘園のあったところだそうです。窯元主に、薪をくべる窯を見せてもらい、珠洲焼の歴史や地域の歴史など興味深い話を伺い、雪の降り出した鈴内の集落を後にしました。

学生時代の懐かしさも残る場所を訪ね、4月からの新たな職場の内定を貰った友との久々の語らいの時間は、友の応援の言葉に自らを省みる時間となりました。



2015年1月9日金曜日

無くなっていくものは・・・

昔、家の神棚には、オレンジ色の魚の形の榊入れが掛かっていました。
一つが壊れてから、置く形のものに変えたのでしたが、新聞の記事を目にして懐かしい陶器店にでかけてみました。随分と久しぶりに覗いた店内には、今日入ったばかりだと云う鯉の花掛けが積まれていました。
昔に比べたら、幾分可愛い系になっていました。
手書きの値札で魚は、鯉だと判明。昔は、漁師町だけの需要だったそうですが、鯉の滝登りの故事があるように、最近では、商売繁盛を祈って会社などでの購入も増えているとの事でした。但し、問屋さんも1軒なら、小売店も県内ではこちらだけなのだそうです。
お話好きの店主と話しが弾み、今の世の失われつつある器に話題が移りました。
これは、ベン皿。なまぐさものをべんと言いますが、鱈汁などを食べる時に使います。丁度入ってこられたお客さんともそんな話で盛り上がりました。今の食卓には、まず上がらない器なのだそうです。そう言えば、白山麓ではこの手の少し小さな皿があって、カネコ皿と言われていました。お隣の福井のおろしそばもこの器で饗されます。
いろんな形の燗徳利 
何に使うか分からない若い人も多いとか・・・
店内には、消えゆく定めの器達をはじめたくさんの器が所狭しと並べられていました。
食生活の変化で、各家の食器棚の器も変わります。
地産地消や地域の食で賑わい創出をとまちおこしが叫ばれる昨今ですが、器が一つ無くなる毎に伝統の食も無くなるのかもしれません。

細々と作られて売られている花掛けに小さなスポットがあたり、
物言わぬ器達から、食文化、そして商店街の現状まで様々な今が見えた時間でした。


2015年1月6日火曜日

緑の繭

漸く晴れた日、畑に上がりました。
暮れからそのままになっていた人参や大根を少し収穫して、みかんの小さな苗木に菰をかけ、一通りの作業を終えて、鳴き声の方に目を向けたら、ジョウビタキが忙しなく動き回っていました。グレーの頭に黒い顔一際きれいなオレンジ色のお腹、黒い羽に白い紋をつけて・・・。紋付きを着ているようです。
暖かなお天気にのんびりとあたりを見回していたら、上段の木の梢にウスタビガの繭がついているのが見えました。
ウスタビガは、どんな風に繭を作るのでしょう。
尖った先から細い紐を伸ばして、上手に木の枝に結わえたようにしてありました。
繭が落ちないようにしっかりと・・・。
因みに成虫は10月から11月に羽化するそうで、
この繭は、空き家なのでしょうか・・・???
西山で観察会をしたとき、白峰の知人がこの繭を初めて目にしたと喜んでいたのを思い出します。山の人でも、そんな時期に歩かないと出逢えないのかと不思議でした。

天蚕は、ヤママユガの繭ですが、この繭の糸は普通の蚕の糸と異なり、薄い緑色をしています。
その糸で模様を浮き上がらせて織り上げた着尺を目にしたことがありますが、このウスタビガの繭の糸でもきれいな模様になりそうです。しかし、残念ながらウスタビガの繭からは、糸がとれないのだとか。
この緑の繭は、木にぶら下がっているのを愛でるのが一番のようでした。
  
ウスタビガ  チョウ目ヤママユガ科

2015年1月4日日曜日

雪の正月

平成27年1月1日。白山麓から雪の山の写真が届きました。
今年は、周期的に雪が降り12月には雪下ろしが既に2度行われたとの事でした。
おまけに、気温がそれほど低くないからか雪が水分を含んだ重い雪だそうで、その作業は、何倍にも疲れるものだったそうです。
2015.01.01 源八山の雪景色
能登も雪の正月でした。とは言っても木にちょっぴり雪の花が付いている程度ですが・・・。
この木の周りには、メジロやシジュウカラなどがやってきて囀ります。
雪が溶けると一生懸命に下草の中で、賑やかに何やら啄んでいる様子が見られます。
2015.01.01 庄川桜の実生の桜
この桜がやって来たのは、ちょうど一回り前の羊年。
誰に見られなくても、きれいに咲いてくれていた桜の木です。
根元で動くシジュウカラの鳴き声に、満開の桜の頃を思っていたら、白山麓の友人からメールが届きました。

「今日4日、行カでは、3度目の雪下ろしでした。」

白山麓は、白い雪の中でした。

                                行カ・・・青柳山行勧寺



2014年12月18日木曜日

お寺探訪 壱

夏の終わり、門徒寺の小木法融寺の石垣を撮影する為に出かけました。
見事な小木石や境内を撮影中に見つけたのは、御影石の手水鉢。
享保十年 巳六月十九日 の刻印のある御影石の手水鉢
享保十年は、1725年乙巳年
摂津國御影と大きく刻印のある四角い手水・・・。雨水受け・・・。
御院主さまは、
寄進時期と寄進者については不明だが、小木の港は北前船の寄港地であり、各地の人々の参詣がありました。それによって運ばれたものであると考えられます。
源八山荘主は、
神戸市六甲山麓御影地方で採掘されたもので、摂津国御影は産地名のようです。
御影地方は、古来、花崗岩産地として有名で、花崗岩を御影石と呼ぶのはこの事によるそうです。現在石屋さんに並ぶ花崗岩の殆どが輸入品で、御影地方産のものは他と区別して本御影と呼ぶそうです。この雨水受けは江戸中期の小木港の賑わいの証人ともいえるものです。
以前、西山先生(西山郷史氏 加能民俗の会副会長)に奥能登を案内して頂いたときに感じた、江戸期以前の能登の繁盛ぶりをこの寺にも感じることが出来ます。」                                
因みに幕末、この地を測量の為訪れた伊能忠敬の日記によりますと、
加州領同郡小木村 湊にて町と号、本町 新町 猟師町 塩崎町四ヶ所ニ分ル、明日の分を少し仕越、八ツ半後小木新町着、止宿徳兵衛サツマヤ、此夜中晴測量、此所家二百餘軒ありと云
その頃の宇出津は、五百餘軒と記されています。伊能忠敬は、晴れた夜、星を目印に測量したそうです。

今は、漁業も下降気味で町の賑わいも最盛期を知る者には寂しいものとなりました。
しかし、手水鉢からは、江戸中期の小木の町の賑わいが目に浮かぶようです。
お寺探訪は、地域探訪、地域再発見の一途となりそうです。

2014年12月17日水曜日

報恩講のお参り

先月の下旬、お寺の報恩講のお参りがありました。最終日とその前日には、和服を着た小木地区の女性達がお経を唱えると耳にしました。お昼には、お講の料理もいただけます。
天気も良かったので出かける事にしました。
お堂の正面には、幕が張られ、五色の幕が周囲に張られていました。
五正色幕(ごせいじきまく)・五間色幕(ごけんじきまく)と云うそうで、
中国から伝わった陰陽五行説が由来のようです。
女性陣は、皆、黒の絵羽織を着用されています。
揃いの輪袈裟をつけて、お経を唱えます。
お講の料理は、煮染めとなます、それに白菜のゴマ和えでした。
お汁は、白菜、豆腐、小豆の入ったいとこ汁です。
報恩講は、宗祖の恩に報いる為の大切なお寺の行事です。
初めてのお参りで、荘厳な小木地区声明会の方々のお経を聞き、毎朝耳にする母のお経とは違うイントネーションのこれが本家本元といった雰囲気の中、信仰心について考えていました。
白峰行勧寺での勉強会の事、毎年続けた報恩講料理のプログラム・・・
しみじみと美味しい料理もいただいて、二日間のお参りが終わりました。

今月に入り、先週末には仏壇の磨きもの初体験。全てが若葉マークの年の瀬です。



2014年12月2日火曜日

初冬の便り

   先日、白山高山植物研究会の元会長清水建美先生が亡くなられました。
最後に白峰にお見えになったのは3年前でしょうか。車に乗り込まれた先生のご様子は勿論、お送りする人達の恩師を送る生徒のような姿が、とても印象的な秋の日でした。
ずっと昔、白峰の南番の川沿いに育苗の為のテントがありました。1日だけお手伝いに伺った時がありました。「この仕事を手伝って下さる人たちが必要です」とおっしゃられた穏やかな表情が思い出されます。
地球緑化センターから来ていた女の子と役場の職員の3人でチブリ尾根を下山すると聞いていた日、随分と到着が遅れて心配した事もありました。
折に触れその偉大さを感じてきた縁の人々は、これからも、今まで以上に、日々その思いを深め、先生の示された道を辿ることになるのでしょう。

白山麓の初冬の彩り。
遠い昔の思い出とともに、静かな時が流れているようです。